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熊本地方裁判所 昭和41年(行ウ)4号 判決

原告 室原知幸 外九六名

被告 熊本県収用委員会

訴訟代理人 斉藤健 外一〇名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告兼原告ら訴訟代理人青木幸男は、「被告が起業者建設大臣申請にかかる、筑後川総合開発に伴う松原・下筌ダム建設事業に伴う工事用道路及び下筌ダム工事用仮設備建設事業に関する土地収用裁決申請事件について、昭和四一年一月二九日付でなした収用裁決は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、被告は、原告らに対し請求の趣旨記載の裁決をなした。

二、右裁決は昭和三九年一〇月一九日特定公共事業の認定告示、同四〇年一月一一日土地細目の公告、同年五月二九日裁決申請を経て原告らに対してなされたものである。

三、原告らの中、別紙原告目録(第一)記載のものは、右裁決によつて収用された熊本県阿蘇郡小国町大字黒淵字天鶴五、八二三番地の三、同所五、八二五番地の二および三ならびに同所五、八二六番地の各山林(立木)の所有者(但し、右五、八二五番地の三および五、八二六番地については、原告穴井利市を除く。)であり、原告室原知幸および原告目録(第二)記載のものは、右各土地の所有者で且つ同地上物件の所有者であり、また原告目録(第三)記載のものは、右各土地の地上物件の所有者であつて、いずれも土地収用法にいう土地所有者又は関係人である。

四、しかしながら、本件裁決には以下に述べるような瑕疵があつて取消しを免れない。

(一)  無効の事業認定を、前提とする瑕疵

本件裁決の前提をなす昭和三九年一〇月一九日付告示にかかる特定公共事業の認定処分は、公共用地の取得に関する特別措置法(以下「特措法」という。)第七条第三号、第四号に違反して当然無効である。

すなわち、右特定公共事業の認定を受けた事業は、松原・下筌両ダム建設事業に伴う工事用道路及び下筌ダム工事用仮設備の建設事業であるが、右両ダムの建設は、その主目的とされている治水の効果は全くなく、却つて水害を発生助長せしめる極めて危険なものである。また右事業の重要な部分である右岸工事用道路については、すでに計画が変更され、現在これを建設しないことに確定しており、その結果は必然的に右工事用仮設備の建設計画にも変更をきたし、計画されたものが不必要となつている。このように起業者は極めて杜撰な計画に基き、全く必要のない土地を収用しようとしていたものである。また本件ダム建設は、筑後川総合開発の一環として行われるものであるとされているが、この筑後川総合開発計画なるものは未だに確定されていない。総合開発の一環であるならば、治水、農業水、飲料水、上下水道などの各用水を充分合理的に確保できるような科学的検討および対策を建てた後に建設されるべきであるのに、斯る対策は講ぜられていない。

したがつて、このような事業についてなされた前記特定公共事業の認定は、明らかに特措法第七条第三号、第四号に違反して無効であるから、これを前提とした一連の手続中、後行の処分である本件裁決は右違法性を承継して取消しを免れない。

(二)  認定された事業と同一性を欠く違法

前記事業認定にかかる事業は、事業認定後、下筌ダムサイト地点の地質に重大な劣弱瑕疵が発見されたため、ダム形式ならびにダム堰堤諸元に著しい設計変更がなされたほか、事業計画の重要な部分である右岸工事用道路の建設計画は廃止され、またダム建設費も計画当初は一一七億八、〇〇〇万円であつたがその後二二〇億円に変更されて大幅に増大している。これらの設計変更や建設費の変更は、裁決申請にかかる事業計画が、事業認定申請書に添付された事業計画書に記載された計画と著しく異る場合であつて、被告は土地収用法(以下「法」という。)第四七条第二号により本件裁決申請を却下すべきであるのに、これを看過した違法がある。

(三)  事実誤認および土地細目の公告を経ない違法

本件裁決書添付実測平面図の収用土地のうち、道に接する熊本県何蘇郡小国町大字黒淵字天鶴五、八二三番地の三(以下「五、八二三番の三の土地」という。)の三角形の部分の土地は、昭和三九年三月一日被告がなした収用裁決にかかる同所五、八二五番地の一の土地(以下「五、八二五番の一の土地」という。)の残地であつて、五、八二三番の三の土地ではない。そうして、この土地については法第三一条による土地細目の公告の申請もなく、また法第三三条による土地細目の公告もなされていないのであるから、右五、八二五番の一の土地を五、八二三番の三としてなした裁決申請は当然却下しなければならないのに、本件裁決はこれを看過したもので、事実認定を誤り、かつ、正当な手続を経由しない違法がある。

(四)  湧水利用権ないし送水権を無視した土地収用および補償の瑕疵

原告室原知幸は、昭和三九年二月ごろ、訴外穴井隆雄より、当時同人所有の熊本県阿蘇郡小国町大字黒淵字天鶴五、八二七番の六の土地(現在の所有者は国)から湧水する水の利用権の設定をうけ、この湧水を右湧水地から、同訴外人の承諾の下にもと同訴外人所有の他の土地ならびに本件収用にかかる同原告所有の同所五、八二六番の二、五、八二五番の三、五、八二三番の三の各土地を通つて自宅まで送水管を設置し、また昭和三九年六月ごろ、同原告所有の同所五、八二六番の一の土地に湧水する水を、右湧水地から前記収用地まで送水管を設置して五、八二三番の三の土地で前記送水管と接続合流せしめて各湧水を自宅に引水し、食用、飲用その他の家事用水として常時利用し、原告室原知彦は、原告知幸の承諾を得て、同じく家事用水として共同して右引水した水を利用している。

ところで、このような湧水利用権及び送水権は、もともと、物権的効力をもつとともに、土地所有権から分離独立した存在であつて、土地収用法にいう土地に関する権利ではない。したがつて、土地を収用する場合に於ても、その効力は右湧水利用権及び送水権におよぶものではないので、これらの権利に対しては土地とは独立にいわゆる権利収用の手続き(法第五条)をとつて補償をなすべきであるのに、本件裁決はこれを看過して前記のとおり土地収用と、同地上の施設に、単なる物件(配水管)としての補償をなすにすぎないから、この点本件裁決は、その収用手続を誤り、かつ、正当な補償を欠き、違法である。

(五)  土地調書、物件調書作成および協議における瑕疵

(1)  裁決申請書添付の土地調書及び物件調書は、すべて土地所有者、関係人に対して法第三六条第二項所定の立会を求めることなく作成された違法のもので当然無効である。

もつとも、土地所有者である原告室原是賢および関係人である原告室原知幸外三七名は、昭和四〇年五月六日、松原・下筌ダム工事事務所長副島健発信名義の、土地調書、物件調書に立会を求める内容の電報を受領した。しかしながら、右電報は電文からも明らかなように、裁決申請人たる起業者から発せられたものではなく、松原・下筌ダム工事事務所の一所長より発せられたものであり、厳密にいえば、果して発信名義人が真正に発したものか否か疑わしいものであつた。また電報受領者は等しく副島健なる者が工事事務所長であることを知り得べくもなかつたし、起業者でないものからの電報に対し回答しなければならない責はなく、電報それ自体が公文書としての厳格性、明確性を具備しないものである。したがつて右電報による立会の通知は明らかに違法な通知であつて、立会を求めなかつたことに帰する。

いわんや、土地所有者や関係人が、右電報による立会の通知により調書作成に立会しなかつたからといつて、直ちに立会および調書えの署名押印を拒否したことにはならないものである。

次に、土地調書および物件調書に関係人の一部として記載されている原告日田木材市場株式会社、同小林陽子、同下城恭子、同秋吉左一、同室原亥十二、同穴井勝基、同足立盛義、同川津晃の八名は、前記の電報は勿論他の如何なる方法によつても調書作成えの立会を求められておらず、関係人としての権利行使の機会を全く与えられていない。

従つて本件裁決には無効の土地調書および物件調書に基いてなされた違法がある。

(2)  起業者建設大臣は、昭和四〇年五月二九日、本件裁決申請をしたが、関係人である原告西川義三外三二名は、右裁決申請日以前にそれぞれ本件収用地上の立木の所有権を取得し、かつ右所有権取得の事実については原告室原知幸より起業者の下部機関である九州地方建設局松原・下筌ダム工事事務所に対して、権利者の住所氏名とともにその都度逐一、内容証明郵便によつて通告し、併せて現地の立木に権利者の氏名を表示した名札をつけて公示した。

しかるに起業者は、その所定の協議期間中に、かかる通知を直ちに受けておりながら、前記ダム建設地近くに居住するこれら原告らに対し、何ら関係人としての協議を行つていない。ことに西川義三がその持分権を取得したのは起業者が協議書を発送した五月一七日で、前者に対する起業者の手続の承継はなされない。従つて本件裁決申請は法第四〇条第四一条に違反するものであるから、法第四七条により却下さるべきであつたから、本件裁決にはこれを看過した違法がある。

(3)  原告森下政明は、昭和四〇年五月二三日、本件収用地上の立木の所有権を取得し、このことは同日原告室原知幸から起業者の下部機関である松原・下筌ダム工事事務所に宛て内容証明郵便で通告し、同時に取得立木について原告森下政明の名札を公示した。しかるに同原告に対する土地物件調書の作成並びに協議は全くなされず、しかも本件裁決申請は正当な関係人である原告森下政明を脱漏していた。従つて、この点で裁決申請を却下すべきであつたのに本件裁決はこれを看過した違法がある。

(六)  裁決の手続における審理不尽等の瑕疵

(1)  前記(二)に述べたとおり、本件裁決申請にかかる事業計画は、重大な変更により事業の同一性を欠いでいるので、原告らは被告収用委員会の審理において、右の事実につき資料取寄せの申請をしたが、被告は理由なくこれを却下し、且つ職権で調査すべきであるのにこれを怠つた。従つて本件裁決にはこの点に審理不尽がある。

(2)  前記(三)に述べたとおり、五、八二三番の三の土地として裁決がなされた五、八二五番の一の土地(すなわち三角部分の土地)の南西側には、これに隣接して五、八二五番の一の土地の収用外残地が存在しているが、右土地は熊本地方裁判所昭和三九年(行ク)第四号事件の証拠調における検証において被告が収用外地であることを指示したものであつて、以後原告らにおいて占有支配しているが、本件裁決申請にかかる事業計画は、右土地の取得なしには実施不能である。原告らはこれを理由として本件土地収用の緊急性、必要性を欠いでいることを主張したにもかかわらず裁決はこれを無視し、判断をも示していないのは、この点明らかに審理不尽である。

(3)  本件裁決は特措法に基く緊急裁決であるが、被告は裁決当時、すでに緊急裁決をする権限が消滅していたのであるから、本件裁決は権限なくしてなされた違法がある。

仮りに本件裁決が、法第四八条による裁決(以下、便宜「確定裁決」という。)であるとすれば、審理手続きを混同して、なしえない裁決をなした違法がある。すなわち本件裁決は、起業者建設大臣より特措法第二〇条第一項に基く緊急裁決の申立てにはじまり、その審理も一貫して緊急裁決のための審理がなされたのであるから、裁決も緊急裁決でなければならない。

(4)  また本件裁決が確定裁決であるとすれば、原告らは損失補償に関する権利行使の機会を奪われたものであつて、審理不尽の違法がある。すなわち、本件に関する審理は前記のとおり緊急裁決のための審理が行われ、審理期日においても緊急裁決をめぐる論議に終始し実体的な審理は行われず、到突に審理の打切りがなされた。その結果、原告らは法第七六条、第七八条等に規定せられた請求権行使の機会を奪われ、また損失補償に関する意見の提出、参考人、鑑定人の審問、資料の提出など法第六三条所定の意見を述べる機会を不当に奪われたことになり、この点明らかに審理不尽の違法に加え、正当な補償を欠き憲法第二九条に違反している。

(5)  議決を経ずに裁決された違法

被告は昭和四一年一月二八日第六回審理期日を終り翌一月二九日本件裁決をなしたが、裁決のための合議評決は同日午後二時からなされたことになつている。ところが早くも起業者は翌一月三〇日には原告らの一部の自宅に裁決補償金を持参し、その翌一月三一日には熊本地方裁判所に収用土地の仮登記仮処分を申請し、原告らが裁決書の送達をうけたのは二月一日以降である。これらの事実からみると、本件裁決書は右一月二八日以前にすでに作成されていた疑いが強く、したがつて本件裁決は収用委員会の議決を経ずになされた違法な疑いが強い。

と述べ、被告の答弁事実を否認し、そもそも土地収用法が、一方においては公益事業の遂行、他方においては私有財産を擁護する立場に立つて慎重な手続と適正な補償をすることを目的とする以上、行政機関は偏見と予断をもつてその衝に当ることは許されない。従つて、たとえ原告室原知幸らが本件ダムの建設に反対している事実は公知の事実であろうとも、また、本件立木林の分与細分化により起業者の権利調査が困難性を伴うものであろうと、右分与が合法である限り被告委員会は起業者の収用手続や権利者の確定が適正であつたか否かを判定すべきであつたのに、被告は前記のとおりその瑕疵を看過したものである。と述べた。

(証拠省略)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁ならびに主張として、

原告ら主張の裁決がなされたこと(請求原因一の事実)、裁決が主張のような事業の認定、土地細目の公告、および裁決申請を経てなされたこと(同二の事実)、森下政明を除く原告らがそれぞれ主張のような土地所有者或いは関係人であること(同三の事実)は何れも認める。しかし原告森下政明は土地物件調書作成当時正当な地上物件の所有者でも関係人でもなかつた。本件裁決に瑕疵があつたとの主張及び右裁決が違法であるとの主張はすべて争う。

(一)  無効の事業認定を前提とするとの点について

本件事業の松原・下筌ダム建設が公共性を有することは、すでに東京地方裁判所の昭和三八年九月一七日付判決(同地裁昭和三五年(行)第四一号)によつて司法的確認がなされている。

また右岸工事用道路の建設計画は廃止されたものではなく、ダムサイド右岸から他のルートを利用して運搬する方法も可能であるので、この方法によることとし、その建設を保留しているにすぎない。したがつて、右岸の仮設備工事に要する資機材を他の方法によることとしたもので右岸工事用道路の建設保留によつて工事用仮設備に関する諸計画に格別の変更を来たしたことはなく、また右岸工事用道路の建設保留は合理的理由に基くものであるから、事業計画が杜撰であるとの原告らの主張は理由がない。

さらに、本件事業の松原・下筌ダム建設は、特定多目的ダム法に基くダムの建設であり、右ダムの新築にあたつては、同法第四条により建設大臣は基本計画を作成しなければならないことになつているが、それ以上本件事業が筑後川総合開発計画に伴う事業であるからといつて、筑後川総合開発計画の確立なるものを法的に要求されているわけではないから、右計画を欠ぐからといつて、本件事業の緊急性を欠ぐとはいえないし、何ら事業認定上に明白かつ重大な瑕疵はない。

(二)  認定された事業と同一性を欠くとの点について

本件ダムの治水効果を左右するダムの貯水池の諸元に関しては当初より変更がない。ただ昭和三九年六月の前回の収用裁決に基く代執行後、右岸の試錐、試掘等の調査及び表土掘削をした結果、ダムサイド附近の地形地質がさらに詳細に明らかになつたので、従来の基本的な設計の考え方に基き、地形地質等の状況に即した具体的な設計を行つて工事に着手しているだけである。

また右岸工事用道路については、前記(一)に述べたとおり建設計画を廃止したものではなく、他のルートを利用した運搬の方法も可能なので、計画を保留しているにすぎない。したがつて又、右岸の工事用仮設備に関する諸計画にも何ら変更を来たした事実はない。

さらに、ダム建設費が二二〇億円程度に増額された事実は認めるが、これは用地補償費の増額、物価上昇等の事由に基くものであつて、事業計画の変更に伴うものではない。

(三)  事実誤認および土地細目の公告を欠くとの点について

原告ら主張の三角形の部分の土地は確かに五、八二三番の三の土地の一部である。すなわち、右三角形の土地の南側は、地形上顕著な沢になつており、これは小国町役場の野立帳の五、八二三番の土地、五、八二五番の土地に関する記載と一致し、その真実性が裏付けられている。したがつて右土地を五、八二五番の一の土地であることを前提として、右土地につき事実誤認ないし土地細目の公告を欠く違法があるとなす、原告らの主張は理由がない。

(四)  湧水利用権ないし送水権を無視した違法の収用補償との点について

(1)  原告室原知幸、同室原知彦の湧水利用権、送水権取得の主張事実は否認する。

穴井水源に関する湧水利用権とは、訴外穴井隆雄との間の使用貸借類似の債権契約に基く湧水の利用にすぎずまた、その水を無権限で五、八二七番の一などの土地上を経由して送水しているものである。もともと本件収用地は、裁決申請当時は原告室原是賢の所有であり、裁決及び収用の時期においては、五、八二三番の三及び五、八二五番の二の土地は同原告外四七名、五、八二五番の三及び五、八二六番の土地は同原告外四六名の共有であつて、原告知幸が自己所有地内に本件送水施設を設けたものではないから、本件収用によつて前記権利等が土地所有権から分離独立するいわれもない。

(2)  仮りに前記権利取得の事実が認められるとしても、右は物権法定主義に違背し、また慣習上認められた権利でもなく、したがつて物権ではないから、現在の土地所有権者である国に対して対抗することはできない。

(3)  仮りに前記権利等が存在したとしても、本件収用手続上当該原告両名は、物件調書作成の際においても、また本件裁決審理手続きにおいても、関係人として取扱われており、適法に権利主張の機会が与えられていたにもかかわらず、その点について何らの異議ないし意見を留めなかつた。その結果、本件収用により土地に関する権利である前記権利等は消滅した。

(4)  もともと権利収用の手続き(法第五条)は、国が土地所有権者である場合及び当該権利のみを収用の目的とする場合に限られ、右以外に土地と別箇に権利を収用するということはありえない。したがつて、仮りに前記権利等が存在したとしても、土地収用をなした本件の場合、当該権利者は関係人として取扱えば足り、ことさら権利収用の手続きをとる余地はない。

(5)  また、仮りに原告ら主張の如き湧水利用ないし、送水の権利等が存在したとしても、これを主張する原告両名の法律上の利益は、損失補償額の増額を求めるにつきるから、法第一三三条により、起業者を相手として別訴を提起すべきであつて、裁決取消訴訟の違法事由として主張することはできない。

(五)  土地調書、物件調書作成および協議を欠くとの点について

(1)  起業者は、法第三六条に基き土地調書及び物件調書を作成するにあたり、立会を求めるため土地所有者室原是賢及び関係人室原知幸外三七名に対し、昭和四〇年五月六日付電報をもつて同月一六日までに立会に応じるよう要請した。

(イ) ところで右電報による立会の通知は止むを得ない措置としてなされたものである。すなわち、原告らが本件ダム建設に反対し、昭和三二年以来今日まであらゆる手段をもつてダム建設を妨害してきたことは、すでに公知の事実であつて、本件裁決申請に対しても、原告らはこれを予測して昭和四〇年二月二三日以降収用地上の立木等の所有権をつぎつぎに移転して収用物件の関係人を複雑化し、起業者の関係人調査を困難にしてきた。したがつて、起業者が一時点において関係人を確知しえても、関係人に対する立会通知に日時を要するときは、その間にさらに関係人の変更が行われるおそれが十分に予測されたので(例えば、本件立会通知後の同年五月九日から同月一五日にかけて原告小林陽子外六名に譲渡がなされている。)、起業者は右事態に対処するため、止むを得ない措置として電報による立会通知をした訳である。

(ロ) 右通知書(電報)には、法第三六条に基く立会通知に必要な事項はすべて明記されており、また原告らは発信者の氏名、職責を熟知していた。そればかりでなく、むしろ原告らは本件立会通知が近く到達するであろうことを予測して関係人となつたことが推認されるので、右電報の公文書としての厳格性、明確性に欠けるところはない。

(ハ) 右通知は松原・下筌ダム工事事務所長副島健名義でなされているが、同所長はこれらの立会通知をなすにつき正当な権限を有していたものである。

(ニ) しかるにこのような適法な立会通知に対し、原告らは立会に応じなかつたので、起業者は立会を拒否されたものとして、同月一七日法第三六条第四項に基き小国町吏員宮崎五郎の立会及び署名押印を得て土地調書、物件調書を作成した。

従つてこれら土地物件調書の作成はすべて適法で、原告ら主張のような違法事由は何ら存しない。

(ホ) なお、原告らは原告日田木材市場株式会社が立会を求められなかつたと主張しているが、起業者は、同原告に対して立会通知をしている。また、原告小林陽子、同下城恭子、同秋吉左一、同室原亥十二、同穴井勝基、同足立盛義、同川津晃の七名は、起業者が前記立会通知をなした日以降の権利承継者であるから、起業者は同原告らに対し、更めて立会を求める必要はない。

(2)  つぎに起業者は、前記のとおり、昭和四〇年五月一七日適法に土地調書及び物件調書を作成したので同日直ちに法第四〇条に基く協議をなすべく、右調書に記載された土地所有者及び関係人に対して協議書を発送した。

(イ) もつとも西川義三ほか三二名との協議手続はなされていないが、もともと右西川義三を除く他の原告三二名(原告森下政明を含む。)は、右協議書発送の日以降の権利承継者であるから、法第一〇条により協議の効力は右三二名に及ぶので、更めて協議をする必要はなかつた。

(ロ) また原告西川義三については、起業者は前述物件調書等の作成にあたつて、前記作成日までに原告室原知幸から関係人となつた旨通告のあつた者につき、同日現場で名札の確認を行つたが、同原告については所有立木を確認できなかつた。すなわち、起業者は、その発見にできうる限りの努力を尽したものである。したがつて、仮りに原告ら主張の如く、同原告が協議書発送の日において立木の所有者であつたとしても、同人と協議をしなかつたことにつき起業者に過失はなく本件協議は適法である。(法第三六条第二項括弧書第四〇条)

(3)  原告森下政明が正当な権利者であるとの主張事実は否認する。

(イ) すなわち、前記(五)の(2)に述べたように、原告室原知幸らはあらゆる手段をもつて本件ダム建設を妨害してきたが、本件裁決申請にあたつても、収用地及び地上物件の関係人を複雑化し、起業者の関係人調査を困難にしてきた。通告取扱者室原知幸の通告によれば、右地上物件である立木の所有権移転は現地の立木に名札をつけて明記したというのであるが、右名札によれば、一本の立木に数人の権利者があり、同一人が他の立木については異る者と共に権利者になるというのであつて、その権利関係はまことに錯雑かつ不明確をきわめている。しかも右名義人の中には多数の未成年者が含まれ、特に原告森下政明は当時満一四才にすぎず、全く名義を冒用されているにすぎない。したがつて右権利移転及び通告は本件裁決ひいてはダム建設を妨害するための手段にすぎず、原告森下政明は収用手続において権利を主張しうる正当な関係人とはいえない。

(ロ) 仮りに原告森下政明が立木の所有者の一人であつたとしても、起業者は裁決申請をした同年五月二九日、同日までに右通告取扱者から関係人となつた旨通告のあつた者について、現地で名札の確認を行つたが、通告のあつた者のうち同原告の名札は存在しなかつた。このように起業者としては、関係人の発見にできる限りの努力をつくしたのであるから、同原告を関係人としなかつたとしても法第四二条第二項の趣旨に照し、本件裁決申請は適法である。

(ハ) もつとも原告森下政明は本件裁決において、収用土地の共有者の一人に加えられ補償の額が定められている。したがつて同原告が土地の権利者である外に、さらに立木の権利者であることを主張する法律上の利益としては、補償金額の算定につき土地の補償以外に立木の移転費用の補償金額を加うべきであるというにつきることになる。そうすると、法第一三三条により、かかる損失補償に関する訴えは、被告収用委員会を相手としてではなく、起業者を相手として別訴を提起すべきであつて、裁決取消訴訟の違法理由として主張することは許されない。

(六)  裁決手続に審理不尽等があつたとの点について

(1)  事業計画の変更の有無については、被告は起業者に釈明を求め、起業者から再度にわたり意見書、釈明書が提出され、その結果前記(二)に述べたとおり事業計画に著しい変更のないことが明らかとなつた。従つてこれ以上資料の必要もないので資料取寄せの申請を却下したものであつて、これには原告ら主張のような審理不尽の違法はない。

(2)  原告らの主張するいわゆる収用外残地は、前回収用裁決を行つた五、八二五番の一の土地であることが明らかであるから、原告らの審理不尽の主張は失当である。

もつとも原告ら主張のとおり、被告訴訟代理人が当該地を収用外地であると指示した事実はあるが、これは原告らの妨害により事前調査ができなかつたため、右代理人が錯誤に基いて指示したにすぎず、それのみで原告ら主張事実を裏付けるものとはなし難い。

(3)  本件裁決は確定裁決であるから、緊急裁決であることを前提とする原告らの主張部分は理由がない。

すなわち、起業者から緊急裁決の申立てがあつた場合、収用委員会の行う裁決は緊急裁決でなければならないわけではなく、確定裁決をすることも可能である。

特措法は緊急の必要ある場合に、補償に関する事項を別にして裁決をなし得る旨を例外的に規定したにとどまり、同法第二〇条第四項に規定する二月の期間を経過した場合でも、収用委員会の裁決をなす権限は直ちに消滅するわけではなく、同委員会は緊急裁決はもちろん確定裁決をなしても差支えない。したがつて、本件裁決が、審理手続きを混同してなしえない裁決としてなされた違法があるとの原告らの主張は理由がない。

(4)  本件裁決の審理手続きにおいては、損失補償に関する事項を含め、法第四八条第一項各号に掲げる事項すべてについて並行的に審理が進められたのであり、特措法の審理手続きであつたが故に損失補償に関する権利行使の機会を奪つた審理不尽の違法がある旨の主張は理由がない。かえつて原告らは特措法の適用を受ける手続きであるが故に、同法第二二条、第二三条により特別の権利主張の機会を与えられていたものである。

(5)  本件裁決は昭和四一年一月二八日の最終審理期日、終了后、被告委員会において合議評決がなされ、裁決書が作成されたもので、何ら原告ら主張の如き違法事由はない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

昭和四一年一月二九日被告委員会が原告ら主張の収用裁決をなしたこと、右裁決が原告ら主張日時の事業認定告示、土地細目の公告、裁決申請を経由してなされたこと、原告森下政明を除く別紙原告目録一ないし三の原告および原告室原知幸が、それぞれ原告ら主張物件の所有者であることは当事者間に争がない。

そこで、原告ら主張の、右裁決処分の違法事由の有無について順次検討を加える。

第一、無効の事業認定を前提とした瑕疵があるかについて。

原告らは右事業の認定は、特措法第七条第三号、第四号に違反し無効であると主張するのであるが、成立に争いのない甲第一号証、甲第一九、二〇号証(各一部)、乙第二号証、乙第一六号証、公文書なので成立の真正を推定する乙第一七、一八号証に証人副島健の証言と弁論の全趣旨を綜合すると、

(イ)  本件事業は、建設大臣において昭和三五年四月一九日付告示をもつて事業の認定をした筑後川総合開発に伴う松原、下筌ダム建設事業の一環をなす、工事用道路及び下筌ダム工事用仮設備の建設事業であること、その前提をなす右松原、下筌ダム建設事業は、特定多目的ダム法にいう多目ダム(同法第二条)ではあるけれども、その主たる目的は治水にあり、昭和二八年の筑後川洪水の実情から検討して、下流日田市長谷における計画高水流量を八、五〇〇立方米/秒と認定し、松原、下筌ダムで二、五〇〇立方米/秒を貯留調節して六、〇〇〇立方米/秒に低減させ、下流の河川改修とあいまつて筑後川の治水を全うさせ、併せて降水期の貯水を利用して副次的に発電に利用しようとするものであること、筑後川が例年氾濫し、その実を例示すると、昭和二〇年以降同三〇年までの統計によるその災害額が、被害の少ない時でも九、〇〇〇万円、多いときには三一億六、〇〇〇万円に達していること、ことに稀な事例ではあつたが、昭和二八年の洪水では災害額三九九億四、二一六万円におよんだことが認められる。従つて以上の事実から推して右ダム建設のもつ公共性は容易に肯定されるし、その緊急性も極めて大であることが認められる。

(ロ)  原告らは、筑後川総合開発計画の樹立がないこと、右岸工事用取付道路の廃止などを強調して抗争しているけれども、多目的ダム建設に当つては、その基本計画のほかに、特にかかる計画を更に要求する法律上の規定がないばかりか、前記筑後川の例年の氾濫の事実によつて、かかる総合計画の樹立を問題にするまでもなく前段に認定した松原、下筌ダム建設の緊急性を否定できない。つぎに右ダム建設事業の遂行に必要な資機材運搬のための右岸工事用道路の建設が留保中止されていることは被告も自認するところであるが、反面前掲各証拠によると、右工事用道路は、ダムコンクリート製造のためのケーブルクレーンの走行路或いは資機材運搬のための自動車道として本件事業の遂行に重要な比重を有するにもかかわらず従来の経緯から推してその開設に強い地元民の抵抗が予測されたところから、止むを得ず、次善の策として左岸から簡易索道を作つて、これに替えるに至つたこと、しかし工事用道路が中止されても、なお、同所の工事用仮設備は本件裁決地内に建設の必要に逼られていることが、それぞれ認められる。ことに松原、下筌ダム建設事業の公共性については、既に原告室原知幸と国との間における東京地方裁判所の昭和三八年九月一七日付判決(昭和三五年(行)四一号)により肯認され、右判決は確定しているところであるから、彼此対照して考えると、これら原告らの主張事実をもつても、またとうてい前段の認定を左右できないし、他に本件事業計画が無効の事業認定に基く旨の原告らの主張を肯認すべき資料がない。

第二、認定事業との同一性について

成立に争いのない甲第六号証の二、三、甲第八号証、前掲乙第一八号証に証人副島健の証言を総合すると、なるほど本件事業のうち下筌ダムについては、昭和三三年調査事務所の開設以来ダム反対斗争の妨害をうけて右岸側の調査ができず推計による設計をなしていた関係上、前回の収用裁決に基く代執行後の昭和三九年に、ようやく右岸高所の地質(岩盤)が劣弱であることが判明し、そこをスラストブロツクで置き替えて岩盤を強めることにしたこと、その他工事の進行に伴い細部については設計変更が加えられたこと、ダム建設費が事業計画の当初予算一一七億八、〇〇〇万円では足らず、その後所轄工事々務所の積み上げ計算の結果二二〇億円を必須とする結論となつて、昭和四〇年一二月末ごろの昭和四一年度予算原案作成当時には大蔵省の了解も得られていたこと、がそれぞれ認められ、右認定を左右する証拠はない。

原告らは右の事実ならびに前記工事用道路建設の中止の事実を捉えて本件事業は認定事業と同一性を欠く旨主張するが、反面証人副島健の証言にも明らかなように、治水を主目的とするダム建設において骨格となる部分はダム建設地点、堰堤の高さ、貯水量、ダム形式などであるところ、松原、下筌ダムでは右の諸点には格別顕著な設計変更の事実はなく、ダム建設費の増額の点も、前掲各証拠によれば、むしろ用地費及び補償費の増加率が五七、六%でその大半を占め、工事費のうち中心をなすダム費の増加率は一七、六%であり、それも物価の上昇を原因とすることが認められるので、これらの諸点に、巨大な継続的建設工事には、細部の設計変更は通常伴う現象であること、および、もともと事業認定それ自体が、一種の概括的な効力と見るべきことをも併せて考察すると、右の程度の変更をもつては、まだ法第四七条第二号にいういわゆる「著しく異るとき」には該らないと解するのが相当である。したがつてこの点に関する原告らの主張も理由がない。

第三、事実誤認および土地細目の公告を欠くとの主張について

成立に争いのない乙第三号証の一ないし三(山林原野野立帳)ならびに当裁判所の証拠保全における検証の結果によれば、五、八二三番の三の土地と五、八二五番の一の土地の接する部分における原告ら主張の三角形の土地の南側は顕著な谷になつており、かかる谷を同地方では沢(さわ)ないし久保、小久保などと称する例であるところ、小国町役場の野立帳によれば、五、八二三番の土地については「東は中岩根、南は小久保、西は川、北は曽根」と記載され、五、八二五番の土地については「東は大曽根、南は曽根、西は谷、北は久保」と記述されていることが認められるので、彼此対照して考察すると、右原告ら主張の三角部分の土地は五、八二三番の三の一部と認めるのが相当である。

もつとも、右検証の結果によれば、三角部分の土地の北側附近に存する樹木は、その北側の土地に存する樹木と林相を異にしているが、これをもつても右野立帳の顕著な境界の記載を否定できないし他に前認定を覆えすに足る証拠もない。

したがつて、右三角部分の土地を五、八二五番の一の収用残地であることを前提とする原告らの事実誤認ないし、土地細目の公告を経ない違法の主張はすべて理由がない。

第四、湧水利用権ないし送水権の収用補償を欠く違法の主張について

成立に争のない甲第二四号証と前記検証の結果によると、原告室原知幸および同室原知彦の両名が、原告ら主張の経過で、その主張の水源の湧水を利用し、本件裁決による収用地内を通る送水管を設置して送水し、自家用水として使用していることを窺うことができる。

原告らは、右湧水利用の権利は、送水の権利と一体となつて物権的排他的効力をもつもので、本件の裁決には土地収用関係の配水管とは別に権利収用の手続を経ない違法がある旨主張している。

(イ)  しかしながら、当事者間の設定契約に基く、湧水の利用それ自体の権利関係と、水を送るための人工の施設を、他人の土地に設置し管理する権利関係とは、たとえそれが相俟つて水の経済的利用を効果的にしているとしても、もともと両者はその発生原因も内容もそれぞれに異るもので直ちにこれらを包括的な一個の権利と見ることはできない。すなわち前者は湧水の帰属者との間に、後者は送水施設の地盤所有者との間に、それぞれ設定される権利関係であり、前者を取得したからといつて直ちに他人の土地に立入り送水施設を設ける権利が生ずる訳でもなく、法律上両者は別個の権利関係である。(もつとも、湧水の帰属者がその地盤の土地の所有者、施設の設置管理者がその地盤の土地所有者であるときは、それぞれその土地の所有権の内容として、かかる利用ないし管理がなされるにすぎない。)その結果として、前者が消滅しても特約ない限り後者の権利は直ちには消滅しないので、他に水源を求めてその水を送水することもできるし、逆に、後者の権利が消滅しても前者は直ちには消滅しないので、湧水の利用権者は、その権利を他に処分することもあり得るし、また別の地盤の土地所有者との間に新な送水施設の設置管理権を設定して送水することもできる。従つて、土地収用の場合においても、両者は別々に収用の目的となり得ることは言うまでもない。そうして、そのような場合、若し両者の一体的な利用による経済的価値の減少などについては、別に補償の範囲および金額につき配慮され得るというにすぎない。

(ロ)  つぎに、かかる送水施設の設置管理権は設定契約の内容、慣習等により、物権的効力をもつ場合も、債権的効力にとどまる場合も考えられるが、若し、それが物権的効力をもつ場合であれば、一般の私人相互の間においては新な地盤の土地所有者といえどもこれが収去明渡を求め得ないことは当然である。しかし、その土地が土地収用法により公益のために収用せられる場合には必ずしもこれと軌を一にしない。すなわち、かかる人工の送水施設の設置管理権は、自然の流水の場合と異なり、専ら地盤の土地所有者との間における、送水を目的とする施設の設置管理のために必要な、その土地の利用関係であるから、それが物権的なものであろうと、または債権的なものであろうとにかかわりなく、その権利は明らかに右地盤の土地を対象とする権利で、土地収用法にいわゆる当該土地に関して権利を有する場合にほかならない。(法第八条第一〇一条)そうすると地盤の土地が収用されるときは別に権利収用の手続を要せず、その土地の収用手続をもつて足ると解するのが相当である。すなわち、この場合、起業者は収用の目的物である土地の所有権を原始的に取得するとともに、この土地に関する一切の権利は、物権たると債権たるを問わず消滅するのであるから、(従つて、かかる権利者は関係人として右土地の収用手続に関与して補償を受ける)右のいわゆる送水設備の設置管理権の如きもその際当然消滅し、起業者に対しその設備の収去明渡に応ずべき筋合となる。

(ハ)  これを本件について見るのに、前記甲第一号証、証人副島健の証言により真正の成立を認める乙第一二号証の一ないし、五乙第一三号証に同証人の証言、前記検証の結果を総合すると、もともと起業者は原告ら主張の水の利用権それ自体を事業に利用し、または消滅せしめようとしている訳でなく、単に収用土地上の送水施設の移転を必要としているにすぎないこと、原告ら主張の右収用地上の送水設備も、ビニールパイプなどを単に地上に敷くか、または樹間に引張るなどしただけのもので、比較的に移動が容易な状態に在ること、土地物件調書作成当時、原告らが関係人として、地上物件の前記送水管の移転について格別の異議を述べた形跡もないこと、および、その主張の湧水利用ないし送水権の収用請求をしたこともその証明をした事実もないこと(法第一三八条、第三六条、第三八条、第四五条)が、それぞれ肯認される。

従つて、以上の諸点を綜合すると、原告ら主張の送水施設に伴う権利が果して物権的のものであつたか債権的のものであつたかの点はしばらくおいても、被告委員会が原告ら主張の如き権利消滅の収用手続をとらなかつたことには格別これを違法とすべき理由がない。よつて原告らが右移転に伴う補償の範囲および金額につき別に起業者を相手に訴を起して争うは格別、この点に関する原告らの主張は理由がないことに帰する。

第五土地調書、物件調書作成および協議の適法性

(一)  土地所有者原告室原是賢及び関係人原告室原知幸外三七名が、松原、下筌ダム工事事務所長副島健名義の土地調書、物件調書(以下「調書」という。)作成に立会を求める旨の昭和四〇年五月六日付電報の送達を受けたことは原告らもこれを認めるところである。

(1)  原告らは、右通知は違法であつたと主張するのであるが、証人副島健の証言、前記乙第一二号証の一ないし五、乙第一三、第一四号証、成立に争いのない乙第二号証に証拠保全における検証の結果を綜合すれば、これより先、

(イ) 起業者代理人九州地方建設局長は、法第三六条第一項に基く調書作成につき、昭和四〇年二月三日付で、その下部機関である松原、下筌ダム工事事務所長副島健にその権限の委任をなしたこと、

(ロ) 前記電報には「熊本県阿蘇郡小国町大字黒渕地内土地細目公告に係る土地内に貴殿が所有される物件について土地物件調書を作成するので、黒渕地内蜂の巣橋たもとで立会の上調書に署名押印されたいこと、きたる五月一二日から五月一六日一三時から一七時のうち希望の一日を指定のうえ五月一一日までに到着するよう通知されたいこと。もしそれまでに御返事がないときは立会及び署名押印を拒否されたものとして手続きを進めること、および代理人に委任されても差支えない旨の記載がされていたこと、

(ハ) この立会通知(電報)に対し、関係人福島将美外一五名から期日延期等の申出があり、関係人森純利、同森武徳両名からは五月一六日現地蜂の巣橋に於て立会う旨の回答があり、土地所有者及びその他の関係人からは何らの回答がなかつた。そこで起業者は、さらに前記福島将美外一五名に対しては、五月一〇日付電報をもつて、その申出には応じ兼ねるので、前回通知の期日の一日を選択して立会するよう再度立会通知をなしたところ、この再度の立会通知に対しては、右一六名のうち一一名については、何らの回答がなく、関係人三浦久外三名からは七月以降に期日を延期するよう再度の申入れがあり、関係人井上栄次からは撤回を求める旨の申入れがあつたので、起業者は同月一三日付をもつて、右五名に対し、右申入れには応ずることができないので代理人を選任して同月一六日一三時現地で立会うことを促がし、三度にわたり立会の通知を行つたこと、そうして五月一六日一三時現地蜂の巣橋たもとに於て起業者関係職員が関係人らの立会を期待して待機したが、同日立会う旨回答のあつた森純利、森武徳の両名をはじめとして立会をなす関係人は一名もなかつたこと、その結果起業者は立会を拒否されたものと認めて、法第三六条第四項の規定に基き、熊本県阿蘇郡小国町町長に対して立会及び署名押印を求め、同町吏員宮崎五郎の立会及び署名押印を受けて土地調書及び物件調書を作成したこと、

がそれぞれ認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

従つて以上の事実によれば、松原、下筌ダム工事事務所長副島健が本件調書作成につき正当な権限を有していたことは明らかであり、また前記電報には、立会に必要な事項はすべて明記されていたのであるから、前記立会通知は適法になされたものと解するのが相当である。原告らは右電報は公文書としての厳格性、明確性を欠いている旨抗争するけれども、右立会の通知は、もともと要式行為とされていないので、前記通知は有効であり、結局、前記土地物件調書は適法に作成されたものと認めるべきである。

(2)  なお、原告らは原告日田木材市場株式会社、同小林陽子、同下条恭子、同秋吉左一、同室原亥十二、同穴井勝基、同足立盛義、同川津晃の八名が、全く立会を求められなかつた旨主張するが、成立に争いのない乙第一号証の三七ないし四三、前掲乙第一四号証によれば、原告日田木材市場株式会社に対しては、起業者は、前記原告室原知幸外三七名に対する立会通知と同時に立会通知(電報)をしていること、その他の原告小林陽子外六名は、何れも起業者がなした前記立会通知後の持分権利取得者であること、がそれぞれ認められ右認定を左右する証拠はない。そうすると、原告小林陽子外六名については法第一〇条の規定に基き、更めて同原告らに立会通知をする必要はないものと解されるので、この点に関する原告らの主張も理由がない。

(二)  原告らは西川義三ほか三二名に対する協議が行われていないと主張するのであるが、

(1)  成立に争いのない乙第一号証の四四ないし五五、乙第二号証、前記乙第一二号証の一、乙第一三号証に証人副島健の証言を綜合すると、起業者は前述の経緯で昭和四〇年五月一七日土地調書、物件調書を作成したうえ、同日、調書に記載された土地所有者及び関係人の全員に対して、法第四〇条に規定する協議をするため協議書を発送したところ、原告西川義三を除く他の原告三二名(原告森下政明を含む。)の権利取得(共有持分取得)の通告が何れも右協議書発送の後である同年五月一八日以降起業者に送達されたこと、しかし、原告西川義三については、右協議書発送の日に前日の一六日付通告書が送達されたので、松原、下筌ダム工事事務所長は、同所職員二名をして現地に名札の確認に赴かせ、同日午前九時三〇分より一二時まで名札の確認に従事させたが、遂に同人らは同原告の分を確認することができなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

従つて以上の事実によれば、原告西川義三を除く他の三二名は、起業者が協議書を発送した後の権利承継者であるから法第一〇条により被承継人である他の共有持分権者らに対する協議の効力は同人らにもおよび、更めて同人らと協議の要がなく、同人らに対する協議を経なかつたことをもつて直ちに違法となし難い。

(2)  そこで、西川義三の共有持分の名札を発見できなかつたことに、果して起業者に過失がなかつたかについて考えるのに法第三六条二項にいわゆる過失がなくて関係人を知ることができない場合とは、単に権利者となる者の住所、氏名等が全く判らない場合のみならず、たとえ物件の所有使用占有関係をめぐつて権利を主張する者の住所氏名が判明していても、起業者が真摯な調査をなすも、その権利関係を特定し確認し得ない場合を含むと解するのが相当である。

そこでこれを本件について見るのに成立に争いのない乙第一号証の一ないし四三、前記乙第一号証の四四ないし五六、証人副島健の証言、原告森純利、同室原知幸各本人尋問の結果に証拠保全手続における前記検証の結果を綜合すると、いずれも松原、下筌ダム工事事務所宛てに、原告室原知幸は、昭和四〇年二月一日付で本件裁決により収用せられた前記四筆の土地のうち五、八二五番の三を除く三筆および同所五、八二三番の一、二の計五筆上の杉、松、檜、雑木を日田木材市場株式会社に売渡し済みの旨通告したが、同会社は同様同月二二日付で右五筆上の立木中の一部を原告室原知幸に返却した旨の通知をなし、同原告は翌二三日付で右返戻を受けた立木全部を田上重時ほか二三名に贈与し、各自の持分は現地で名札で明示する旨通知し、原告室原是賢も同日付でその所有に係る右五筆の土地の内一部に、蜂の巣斗争記念林を二五名により設置するの件を承認した旨通知し、続いて、原告室原知幸は同月三〇日、蜂の巣斗争記念林中、室原知幸外四名の持分につき新たに室原是賢外四名の参加変動があつた旨の通告をなすとともに、別途同日付の通告書によつて、蜂の巣斗争記念林地内にある無札の立木全部は記念林参加者計二九名の共有とする、共有持分は均一ではない旨の通告をしたこと、続いて更に原告室原知幸は、同年四月一二日以降同年五月二八日までの間毎日各一通の通知書をもつて、右記念林中の一部立木につき新たに一名ないし五名の持分を加えたとして、その住所、氏名を通知し、その持分については当該立木に名札を着けて明示する旨を通告したので、結局、前記工事事務所宛にこのように権利取得者である旨の通告のあつた人員は計八三名に達したこと、一方前記五筆の土地上の、いわゆる斗争記念林においては、本件収用地の内外の広い地域にわたり、足場の悪い傾斜地に約四〇〇本におよぶ立木が存在し、この多数の立木には殆んど針金をもつて名札をかけてあるけれども、その取外しは比較的容易であること、また名札も一本の立木に数枚がかけてあり、中には十数枚あるものも少くないこと、しかもその名札中には同一人が他の立木についても、異る者とともに共有者の形とされていたりしたものもあり、かかる名札が次次に追加されたり変更されたりして、その結果同地の立木に対する共有関係は極めて錯雑且つ不明確で、その共有持分も仲々はつきりできないものであつたこと、がそれぞれ認められる。そうすると、原告西川義三については、通告書が送達せられていたとはいうものの、特に現場に原告らが案内するか、判りやすい図面などででも示された如き特段の事情がない限りかかる広い範囲に存在する多数の立木中のしかも膨大な数に上る名札中から、その名札を発見すること、およびその持分関係を果してどの共有関係者から承継されたものかを確かめることも極めて至難な作業であつたことが推測できる。従つて、かかる状況下で起業者が前記の如く調査員二名をして二時間三〇分に亘り調査をさせたのは、真摯な発見の努力をなしたものというべきで、その結果は正に過失なくして同原告の権利関係を特定、確認し得なかつた場合に該ると解すべきである。ことに、前記原告室原知幸本人尋問の結果により、前記斗争記念林の名札は、権利取得の通告とともに、その日か翌日ごろに下げる様になされていたというのであるが、西川義三の場合は前記工事事務所職員は通告書の送達を受けた当日、しかも午前中に名札の調査をしたというのであるから、何かの理由で右調査時には、まだ、名札の公示がなされていなかつたことも優に推測できる。そうすると明認方法の講ぜられていなかつた疑があり、とうてい右認定を左右し難く同原告との協議を経なかつたことに格別違法の瑕疵はない。

(三)  つぎに原告森下政明が物件調書の作成、協議および本件裁決において関係人とされなかつたとの点について見るのに、前記甲第一号証、乙第一号証の五一、乙第二号証、前掲検証の結果に証人副島健の証言および弁論の全趣旨を綜合すると、通告取扱者室原知幸名義の昭和四〇年五月二三日付通知書によつて、収用地上の立木につき原告森下政明が所有権(持分)を取得し、その持分については当該立木に名札をつけて公示した旨の通告が起業者に宛てなされたこと、しかし本件収用地上の立木中に「四一」の番号を付した立木に同原告の名札がかけてあること、同原告は未成年であるが、親権者原告森下美良同森下春子に対しては起業者は、同年五月二七日本件裁決申請のとき、同原告らを土地所有者および物件の関係人として掲げていたが、右申請に先立ち同日の午前中に調査員三名をして、同日までに権利取得の通告のあつた者につき、現地で名札の確認を行わせ、調査員三名は午前九時三〇分より一二時三〇分まで調査を行つたけれども原告森下政明外四名については名札の確認ができなかつたので、これを除外して裁決申請をなしたことがそれぞれ認められ、右認定を左右する証拠はない。

しかし、以上によつても、果して同原告が、誰々の共有持分を承継したかは明らかでなく、結局前記第五の(一)の土地物件調書作成当時における関係人およびその共有持分の承継取得者から、さらに承継したものと、一応推認するのほかないので、法第一〇条により当時の関係人に対する物件調書の作成および協議の手続は、新たに前記持分取得による関係人となつた原告森下政明に対しても当然承継され、同原告に対する、かかる手続は、これを更めて行う必要のなかつたことは言うまでもない。そうして、第五の(二)の(2)に述べたように、右立木の在る、いわゆる斗争記念林の地形、立木の数、名札の状況などに徴すると、起業者が同原告の名札の発見に前記の努力をしたことは真摯なものというべきで、その結果は前と同様起業者が過失なくして関係人を知ることができない場合に該ると解するのが相当である。従つて法第四二条第二項により、同原告を関係人としなかつた裁決申請は適法である。

第六裁決の手続における審理不尽等の主張について

(一)  成立に争いのない乙第二号証、乙第七号証、前掲乙第一七、第一八号証に証人篠原一男の証言を綜合すると、被告委員会は事業計画の変更の有無について第一回審理の当初から起業者に釈明を求め、起業者から再度に亘り意見書、釈明書が提出され、被告委員会の委員が現地に赴き、起業者側から詳細な説明を受け、合議の結果、事業計画が著しく変更されたものでないことが明らかとなつたので、原告らの資料取寄せの請求を容れる必要はないと判断して却下したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。したがつて、この点に関する原告らの審理不尽の主張は理由がない。

(二)  つぎに原告らは、五八二五の一の収用残地(すなわち三角部分の土地)の取得なしに本件収用におよぶのは、その収用の緊急性および必要性を欠く旨主張するのであるが、この点については既に前記第三において認定した如く、右主張の、三角部分の土地は、前回の昭和三九年三月一日付裁決によつて収用された五、八二五番の一に含まれた土地である。もつとも、前に熊本地方裁判所昭和三九年(行ク)第四号事件の証拠調の際、被告の訴訟関係代理人が同地を収用外地であると指示したことは、被告もこれを争わないけれども、それは錯誤に基いて指示したものと推認される。従つて、右土地を収用外地であることを前提とした原告らの審理不尽の主張も理由がない。

(三)  そこで裁決手続の適法性について見るのに、前掲甲第一号証及び証人篠原一男証言、原告森純利の供述によれば、なるほど起業者は、昭和四〇年一〇月二〇日特措法第二〇条第一項により緊急裁決の申立をなしたけれども、被告委員会は昭和四一年一月二九日に、補償に関する事項をも含め、いわゆる確定裁決として本件裁決をなしたことが認められる。

(1)  原告らは緊急裁決の申立があつた場合になおかかる確定裁決はできない旨主張している。しかし、緊急裁決の申立があれば、収用委員会は特措法第二〇条第四項の規定により、損失の補償に関するもので、未だ審理を尽していないときでも二月以内に裁決をしなければならない義務を負うけれども、もとより損失の補償に関する審理の権限が失われる訳ではなく、むしろ同法は緊急裁決を行う場合でも、損失の補償に関するものについては、裁決の時までに収用委員会の審理に現れた意見書、鑑定結果その他の資料に基いて判断できる程度において裁決すれば足りるものとされていて(同法二一条)その審理の権限の存することを明らかにしている。けだし特措法は、立法の目的及び形式からみても土地収用法と別個独立の収用手続きを規定したものではなく、土地収用法所定の収用手続きの一部につき特例を設けたにすぎないのである。従つて特例を定めた事項以外の事項については土地収用法の適用があるのは当然であつてその間収用委員会の審理手続にも格別の差異はなく、また審理の程度にも軽重の差はない。したがつて、収用委員会が緊急裁決の申立によつて審理を急ぎ、その結果として損失補償に関する事項まで審理を尽すことができた場合には確定裁決をなしうることは当然である。

(2)  次に、原告らは特措法第二〇条第四項に規定する二月の期間を経過した後には収用委員会は裁決をなし得ないと主張するのであるが、同条の規定する二月の期間とは、その期間中に裁決するよう努力すべきことを義務づけたものと解するのが相当である。もつとも若し収用委員会がその期間を徒過した場合には、起業者は当該不作為に対して行政不服審査法第七条による不作為についての不服申立及び行政事件訴訟法第三七条による不作為の違法確認の訴などをなし得るけれども、これは、かかる場合起業者に救済の途が与えられているというに止まり、それによつて当該不作為庁が申請に係る処分その他の行為の本来の作為義務を解除される訳けでもなければ、本来の同庁の権限が消滅する訳けのものでもない。また、特段の意思表示がない限り右期間を徒過したからといつて、申請者のさきに行つた申請が失効する訳けのものでもない。従つて、収用委員会は、その期間経過后においても、緊急裁決はもとより確定裁決をも行ない得ると解するのが相当である。原告らは特措法の法案審議の経過及び特措法第三八条の二第一項において行政不服審査法第五〇条が排除されていることを挙げ、この点につき甲第四号証の一、二を援用するけれども、これも成立に争いのない乙第六号証(建設委員会議録)と対照すれば右法案審議の経過は必ずしも原告ら主張の趣旨とは解せられないし、かえつて、特措法第三八条の二第一項が行政不服審査法第五〇条を排除したのは、むしろ二月の期間徒過に対し起業者の異議申立があれば、収用委員会は建設大臣に事件を送りその代行裁決に委ねるか若しくは収用委員会自身が一月以内に裁決をする(特措法第三八条第一項第二項)、特別規定が存するので、行政不服審査法第五〇条に規定するような一般的な行為義務を収用委員会に課する必要がないからと解せられるのであつて、その他原告らの主張を根拠ずける理由を認むべき資料はない。

よつて、本件裁決手続において、結局原告らの主張するような違法事由は何ら存しない。

(四)  原告らは、本件裁決のための審理は、緊急裁決をめぐる論議に終始したため、損失補償に関する権利行使の機会を奪われた審理不尽の違法がある旨主張する。しかし成立に争いのない甲第二号証の一ないし三、甲第三号証の五、甲第九ないし第二二号証、乙第七、第八号証、乙第九号証の一ないし三、乙第一〇、第一一号証に原告森純利の供述を総合すると、なるほど審理期日に緊急裁決をめぐつて論議が交わされ、審理手続きがある程度混乱を来たした事実は認められるけれども、被告は六回の審理期日に亘り原告らに意見書の提出を促し、原告らは損失補償に関する意見陳述の機会を充分に与えられていたこと、特に第一回審理において損失補償に関する意見書の提出を原告らに促し、原告らもこれに応じて意見書を提出したこと、第四回審理において、被告は右意見書が抽象的であるとして、さらに具体的な意見を主張するよう促したが、具体的な意見陳述は行われなかつたこと、さらに第六回審理期日の通知書でも、その期日までに意見書を提出するよう明記したが、原告らからは、損失補償に関する意見書の提出はなかつたことがそれぞれ認められるので、意見陳述はもちろん、その他の損失補償に関する権利主張の機会は充分に与えられていたものというべきである。従つてその主張の如き審理不尽の瑕疵はなく、これを前提とする憲法第二九条違反の主張も理由がない。

(五)  原告らは本件裁決には議決を経ない違法がある旨主張するが、本件裁決が、昭和四一年一月二八日の第六回審理期日を経て、翌一月二九日になされたことは、すでに認定のとおりであり、原告森純利の供述によれば、かえつて同日午後二時から評決のための委員会が開かれたこと、翌一月三〇日には九州地方建設局から原告室原知幸方に裁決にかかる補償金を持参したことがそれぞれ認められる。

以上の事実に証人篠原一男の証言を綜合すると、本件収用裁決が正当に裁決せられたうえ裁決書の作成がなされたことが明白である。従つて、この点に関する原告らの主張も理由がない。

以上のとおり、原告らが本件裁決につき主張する違法事由は、すべて認められず、他に本件裁決を違法とすべき格別の主張立証も存在しない。よつて、原告らの請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本敏男 武波保男 矢野清美)

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